沖縄中央アッセンブリー教会
教会の教師
CHURCH STAFF
| 牧 師 | 知念 聖 |
| 知念 真理 |


教会の概要
CHURCH PROFILE
| 所在地 | 沖縄県うるま市西原154 |
| 伝道開始 | 1961年6月 |
| 献堂履歴 | 1968年1月 |
| 歴代担任教師 | 長澤 忠雄 (1960年1月〜1978年3月) 長澤 愛子 (1961年10月〜1978年3月) 内村 誠二 (1978年3月〜2008年11月) 内村 茂子 (1978年3月〜2010年3月) 中川 慎一郎 (2010年4月〜2016年3月) 中川 直子 (2010年4月〜2016年3月) 須田 デイビッド ススム (2019年4月〜2021年12月) 知念 聖 (2022年4月〜 ) |
| 備考 |
教会の沿革
CHURCH HISTORY
1960年隣人教会宣教師A・B・チェスナット師が長澤忠雄師を招聘し、米軍基地の町である辺野古で伝道が開始された。
1961年日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団に海外伝道部が設置され、長澤忠雄師は正式に任命を受け初代宣教師として再赴任した。その後、祈りのうちに現在沖縄中央アッセンブリー教会がある具志川でトラクト伝道を開始した。
1962年伝道の拠点を具志川に移し7名の受洗者を得た。当初二つの教会の兼牧であったが1964年より具志川での伝道に専念、伝道は困難を極め、集会所は幾度も移転を重ねた。そんな中、長澤忠雄師と重荷を分かち合う信徒も育ち、教会の基礎が固められていった。教会の移転に伴い教会の名前も発展改称されることを繰り返した。1968年現在の地に念願の献堂を果たす。
1972年沖縄の本土復帰に伴い海外宣教部から独立して沖縄教区が正式に発足、これを記念して本教会も沖縄中央アッセンブリー教会とした。
1978年長澤師夫婦は転任し後任に内村誠二師を迎えた。
1981年開拓20周年を記念して会堂と牧師館を増改築した。駐車場の必要性と手狭な会堂の問題から新たな会堂建築の必要は感じられていた。そんな中、郊外に180坪の土地を購入する機会があり、会堂建築の可能性を求めて準備が進められた。
2003年以前から健康診断で異常が指摘されていた内村誠二師に病状が出始めたもののしばらくははっきりとした病名がわからない状態が続いた。
2006年内村誠二師の病名が間質性肺炎と診断され入退院を繰り返すなかでも教会の働きを継続された。
2008年に入ると内村誠二師の病状は更に悪化し同年11月7日、教会40周年の記念特別集会前夜に内村誠二師は天に召された。妻の茂子師が内村誠二師の看病などで肉体的にも精神的にも厳しい状況が続いたなかで休む間もなく、葬儀また40周年記念事業の特別集会も行われるなど教会の働きを継続された。
2010年3月内村茂子師は引退され後任に中川慎一郎師を迎えた。その年の内に、教会が隣接地に畑として土地を借りている地主が逝去され、土地売却の話が出て教会堂建設のビジョンを取り組み始めている。
2019年3月須田・デイビット・ススム師が赴任された。須田師が退任したのち2022年2月知念聖師が赴任し現在に至る。沖縄中央アッセンブリー教会を導いてくださった主の恵みを数えながら、牧師と信徒一同で具志川の地で今も福音を述べ伝え主に仕えている。神の恵みと祝福を心より感謝いたします。
地図と写真
MAP & PHOTOS



