寝屋川福音キリスト教会
通称:ファミリーチャーチねや川
教会の教師
CHURCH STAFF
| 牧 師 | 久保田 寛 |


教会の概要
CHURCH PROFILE
| 所在地 | 大阪府寝屋川市大利元町1番16号(1974年7月~2024年2月) 大阪府寝屋川市錦町6番12号(2024年3月~ ) |
| 伝道開始 | 1968年 4月 |
| 献堂履歴 | 1974年 7月 1998年 2月 2024年 9月 |
| 歴代担任教師 | 久保田 寛(1968年3月~ ) |
| 備考 |
教会の沿革
CHURCH HISTORY
当教会は1968(昭和43)年3月、中央聖書学校を卒業した久保田寛師が教団総理により、大阪府下寝屋川市における開拓伝道の命を受けて始められた。
当初は密集した住宅街にある、いわゆる文化住宅一階の4坪ほどの土間に、三国福音教会より下げ渡された長椅子を並べて集会を行っていた。
当時、口の悪い教団理事が来てくれた際に、「お前の伝道所は何とも分かりにくい。これでは悪魔も道に迷ってしまう」などと言いながら熱心に説教奉仕をしてくれたが、「悪魔も道に迷ってしま」ったせいかどうか、2年目に10名、3年目に6名の受洗者が起こされ、伝道開始から6年後に駅から徒歩5分、バス停から30秒のバス通りに面した不動産販売会社の空き事務所を借金して購入し、これを教会堂として献堂することができた。なお資金の不足分は関西教区(当時は近畿教区)の諸教会より、期限付きで借り受けるという方法で調達したが、借用書には教区の重鎮であった津村昭二郎、山脇久治、杉本俊輔、西海栄悦、廣瀨利男の諸師が連帯保証人として名を連ねて下さった(2024年現在、四師が帰天されている。負債は4年間で完済した)。
不動産取得までの6年間、不便極まりない借家での日曜礼拝に、神戸から毎週のように出席してくれた故ロバート&ルース・フリボールド宣教師夫妻(米国シアトル市出身)の応援は大いに助けられた。
1997(平成9)年、建物が老朽化したこともあって礼拝室を手狭な一階から二階に移す大規模リフォーム工事を行い、翌年の2月に二回目の献堂感謝礼拝を捧げた。なおこれに先立つ1988(平成元年)年、市の公園墓地内に納骨堂を建立した。また2012(平成24)年には教区の支援を受けて、ホームページを開設した。
2015(平成27)年、教会にとっては青天の霹靂ともいうべきバス通りの拡幅工事計画が寝屋川市から発表され、教会建物がバス通りに面していたことが災い(?)し、立ち退きの対象となった。以後、行政との間で補償費及び立ち退き期日等をめぐっての交渉が続けられたが難航し、新型コロナウイルスの感染拡大の事象もあって、現在地の立地条件に等しい移転先が見つからず、物件の物色に多大のエネルギーを使わざるを得ない状態が長く続いた。しかし資金は教会関係者の篤志によって充足し、2023(令和5)年夏に至って教会堂として利用可能な物件と出会うことができ、5ヶ月の期間を経て工事及び移転作業が完了、2024(令和6)年9月に新会堂の献堂感謝礼拝を奉げるに至った。新会堂には工務店の提案でプロジェクターに替わる65インチの液晶モニター、カメラ等が設置された。これによって遅ればせながら他教会同様、日曜礼拝を配信する機材、環境も備えられたので、これを用いて福音の更なる浸透に努めていきたい。
新会堂の取得、献堂を機にこれまでと同様、日曜礼拝における讃美と祈り及び、聖書の解き明かしの充実を図ると共に、今後、旧会堂時代に直接教えを受けた故豊留真澄師創始による伝道方式「心と心の伝道」、更には個人伝道法の白眉ともいえる「十字架物語法」を学び直して、その実践に取り組んでいきたいと願っている。




