C-19 東京シティチャーチ

東京シティチャーチ
(清水シティチャーチ)

シティプレイズチャーチ・インターナショナル

教会の教師

CHURCH STAFF

牧 師 スリヤ佐野 一夫
伝道師 スリヤ佐野 ヨハンナ雪枝
スリヤ佐野 一夫
スリヤ佐野 ヨハンナ雪枝

教会の概要

CHURCH PROFILE

所在地①東京シティチャーチ:東京都新宿区下落合2-13-3 第二長束ビル3階(旧住所:東京都豊島区西池袋2-30-20 RJプラザ101)
②清水シティチャーチ:静岡県静岡市清水区辻1-15-1
伝道開始①1994年1月17日
②2009年4月4日
献堂履歴①1回目 1994年2月
 2回目 2003年11月
②1回目 2009年4月4日
歴代担任教師①スリヤ佐野 一夫(1994年1月〜 )
 スリヤ佐野 ヨハンナ雪恵(1994年1月〜 )

②スリヤ佐野 一夫(2009年4月〜 ) 
 スリヤ佐野 ヨハンナ雪恵(2009年4月〜 )
備考                                               

教会の沿革

CHURCH HISTORY

東京シティチャーチ
 1992年11月、佐野一夫(当時、新宿シャローム教会副牧師)がスリヤ・ヨハンナ雪恵(オーストラリア・AOGWM宣教師、関西教区)と結婚し、氏を「スリヤ佐野」に改姓。

 1993年4月、オーストラリア滞在中、スリヤ佐野夫妻に日本の首都を勝ち取るための新しい皮袋としての教会開拓のビジョンと「東京シティチャーチ」の教会名が与えられる。同年10月、12名の開拓準備チーム発足。

 1994年1月、東京都豊島区西池袋にあるRJプラザにて最初の礼拝開始。「シャローム東京シティチャーチ」と命名。同年2月、献堂式。

 1995年1月、新宿シャローム教会から経済的に独立し、「東京シティチャーチ」と改名。

 1997年1月、スリヤ佐野一夫が、ヨハンナ雪恵の派遣教会オーストラリアAOGガーデンシティ・クリスチャンチャーチ(クイーンズランド州ブリズベン市)の会員となり、同教会の牧師、宣教師となる。

 1998年、ミャンマーAGのピーター・マンプ夫妻が宣教師として来日。(1999年4月、同師はフィリピン・バギオのAPTSに留学)同年12月、スリヤ佐野夫妻が、オーストラリアAOGWMの協力宣教師となり、日本AG教団にて活動を開始。

 2000年3月、日本AG教団に教会加入。

 2002年2月、スリヤ佐野一夫が正教師としての任命を受ける。

 2003年2月、スリヤ佐野ヨハンナ雪恵が補教師としての任命を受ける。同年11月、新宿区下落合の第二長束ビル3階に会堂移転。

 2004年3月、開拓10周年記念リバイバル聖会を開催。同年4月、スリヤ佐野一夫が日本教会成長研修所の研修生となる。同年8月、ガーデンシティ・クリスチャンチャーチより、ジョナサン&セアン・スタッグス夫妻がミッションズ・アシスタントとして派遣される。

 2005年12月、スリヤ佐野一夫が教会成長研修所にて教会成長計画書(首都奪回トライアングルプラン「シティプレイズ3000」)を発表し、研修課程を修了。同年10月、アレックス&キャサリン・ハンフリーズ夫妻(アメリカAGWM宣教師)が協力宣教師として奉仕開始。同月、ダム・スァン・ムン(ミャンマー・フルゴスペルアッセンブリー主任牧師)との宣教協力関係を始める。

 2008年1月、東京・静岡・日光を中心としたマルチサイトチャーチ形成のビジョンのもと、複数サイト統合のため「シティプレイズチャーチ・インターナショナル」の名称使用を決定。

 2009年1月、清水シティチャーチの会堂完成。同年3月、スリヤ佐野家(5名)が開拓のために静岡県静岡市清水区に転居。同年4月、献堂式。東京・静岡のマルチサイトチャーチとしての活動開始。スリヤ佐野一夫は午前に東京、夕方に清水での礼拝を担当。

 2010年8月、ハンフリーズ夫妻が東京担当となる。同年12月、清水シティチャーチの夕拝を午前の礼拝に切り替え、インターネットも使用した同時刻の礼拝が始まる。スリヤ佐野夫妻は清水開拓専念のため、東京での礼拝奉仕は月に一度となり、東京はハンフリーズ夫妻と牧会チームが中心となる。

 2014年5月、東京開拓20周年記念礼拝を開催。

 2016年7月、アメリカAGWM宣教師ジョナサン&メリッサ・ローランス夫妻、ワーシップパスターとして奉仕。(2017年11月終了)

 2018年12月、千葉県柏市にあった教会墓地メモリアルストーンを清水シティチャーチの屋上に移設。(2022年納骨室を設置)

 2020年2月、スリヤ佐野ヨハンナ雪恵が、静岡県富士宮市猪之頭の別荘を譲り受け、富士山麓での祈りの家「富士山祈りの家」と命名。(2023年3月、フィンランドからの大工チームの奉仕を経て、清水・富士宮での教会キャンプにおいて献堂式)

 文化を土台とした国際教会として、東京・静岡・日光のトライアングルに3000人教会を建て上げるビジョンのもと、宣教を続けている。


 
清水シティチャーチ
 2004年、静岡県静岡市と清水市の合併に伴いJR清水駅西口周辺の区画整理事業において、駅前にあったスリヤ佐野一夫の実家が移転することとなり、代替地に建物を教会として新築することの導きがあった。清水での教会開拓が主の御心であるのかについて主の導きを求める中、東京シティチャーチのビジョン「神のために首都を奪回する」ことの達成のためには、首都を縛る霊的な要塞を打ち砕くことが必要であることが示される。
 
 2005年12月、スリヤ佐野一夫は教会成長研修所にて教会成長計画書(首都奪回トライアングルプラン「シティプレイズ3000」)を発表し、日本の首都東京を奪回するために、東京を霊的に縛る東照宮の置かれる静岡(久能山東照宮)と日光(日光東照宮)に教会を開拓し、東京・静岡・日光のマルチサイトチャーチを建て上げるビジョンを打ち出す。ちょうど清水開拓のビジョンが与えられた頃、主の不思議な導きにより、アレックス&キャサリン・ハンフリーズ夫妻(アメリカAGWM宣教師)が来日し、東京シティチャーチの協力宣教師として奉仕を開始することが導かれる。2008年1月、東京・静岡・日光を中心としたマルチサイトチャーチ形成のビジョンのもと、複数サイト統合のため「シティプレイズチャーチ・インターナショナル」の名称使用を決定する。2008年6月、建築予定地において定礎祝福式を行う。

 2009年1月、清水シティチャーチの会堂が完成し、同年3月、スリヤ佐野家(5名)が清水開拓のために静岡県静岡市清水区に転居する。同年4月、オープニングセレモニーおよび献堂式を行い、清水開拓が始まり、東京・静岡のマルチサイトチャーチとしての活動が開始される。ハンフリーズ夫妻は、一年間の巡回のため帰国し、スリヤ佐野一夫は午前に東京、夕方に清水での礼拝を担当するという二つの教会の兼牧が始まる。

 2010年、清水サイトにおいてカントリーゴスペル教室、キッズブラウン子ども英会話教室などが始まる。同年8月、巡回から帰国したハンフリーズ夫妻が東京担当となり、同年12月、清水シティチャーチでの夕拝を午前の礼拝に切り替え、インターネットも使用した同時刻の礼拝が始まる。スリヤ佐野夫妻は清水開拓専念のため、東京での礼拝奉仕は月に一度の形となり、東京はハンフリーズ夫妻と牧会チームが中心となる。2012年4月、清水サイトから月に一度のスカイプによるメッセージを開始する。また清水サイトにおいて、大人英会話伝道が始まる。
2013年3月、スリヤ佐野一夫は清水サイトからの月に一度のスカイプによるメッセージを中止し、月に二度上京する形となる。

 2018年12月、千葉県柏市にあった教会墓地メモリアルストーンを清水シティチャーチの屋上に移設する。(2022年納骨室を設置)

 2020年2月、スリヤ佐野ヨハンナ雪恵が、静岡県富士宮市猪之頭の別荘を譲り受け、富士山麓での祈りの家「富士山祈りの家」と命名。2023年3月、フィンランドからの大工チームの奉仕により、祈りのための建物を建てる。清水・富士宮での教会キャンプにおいて献堂式を施行する。

 

地図と写真

MAP & PHOTOS