狭山キリスト教会
通称:チャペル オアシス狭山
教会の教師
CHURCH STAFF
| 牧 師 | 中村 孝昭 |
| 中村 さおり |



教会の概要
CHURCH PROFILE
| 所在地 | 埼玉県狭山市広瀬東2-2-15 |
| 伝道開始 | 1973年3月 |
| 献堂履歴 | 1回目1973年5月 2回目2009年11月 |
| 歴代担任教師 | 上村圭子師(1976年3月~1997年3月) 石原 幸子(1997年3月~2023年3月) 中村 孝昭(2023年4月~ ) |
| 備考 |
教会の沿革
CHURCH HISTORY
1960年代には、教団の中には、いろいろな困難と闘いながら、借家で伝道されている教会・伝道所が相当数見受けられた。その頃上高田キリスト教会員であった上村兄姉は、公務員退職後の住居について考えている時に、ふと、「教会堂を献げて、その片隅に自分たち一代限り住まわせていただいたら」という思いが与えられ、こうして1967年(昭42)12月に購入したのが現在の狭山キリスト教会の約70坪の敷地である。
会堂は1972年(昭47)9月着工、翌年早春延約32坪の木造二階建てが完成した。上村兄姉は同年3月に移住し、早速翌週から全くの未開拓でのSS伝道を始め、同年5月献堂式を行った。上村圭子師は数年前から伝道者への献身が導かれており、同年4月、聖書学校へ入学、狭山から通学しながら牧会伝道するようになる。この時期、母教会の上高田教会の故緒方恭子師ほか兄姉の一方ならぬ祈りと奉仕とを書き落とすことは出来ない。
上村圭子師は1976年(昭51)3月、卒業と同時に伝道師として就任した。1977年5月に仁司延之師が主管者として就任、その為に第二牧師館を新築、同師は聖書学校の教授を兼任、精力的にてご奉仕されていたが、残念なことに1981年(昭56)8月に天に召された。その後は上村圭子師が伝道牧会をされてきたが、1997年3月後任に後を譲り石原幸子師が就任した。
その後、さらに伝道牧会が盛んになり、2009年8月には川越の山越霊園に墓地が与えられた。2009年11月には新会堂を献堂し、二階には牧師館も備えられた。また、近隣に同じような名前の教会が多いので、分かりやすいように、この世の中で主の真の安らぎと平安の場を与えたいとの思いから教会員みんなで話し合い「チャペル オアシス狭山」という愛称をつけた。
その後、コロナ禍の試練の中でもSNSでの礼拝は継続され、2023年3月26日に約3年ぶりの会堂での礼拝再開と共に、牧師として中村孝昭師、中村さおり(牧師夫人)が就任することになった。
地図と写真
MAP & PHOTOS

