仙台神召基督教会
通称:仙台グレースチャペル
教会の教師
CHURCH STAFF
| 牧 師 | 本田 結基 |
| 伝道師 | 本田 基枝 |



教会の概要
CHURCH PROFILE
| 所在地 | 宮城県仙台市青葉区柏木2丁目5−63 |
| 伝道開始 | 1949年7月 |
| 献堂履歴 | 1950年10月 1955年11月 1996年12月 |
| 歴代担任教師 | エレン北野 淳子(1952年9月〜1954年8月) 堀川 喜雄太(1954年9月〜1957年4月) 堀川 ゆき(1954年9月〜1957年4月) 山脇 久治(1957年5月〜1965年2月) 山脇 玲子(1957年5月〜1965年2月) 安斎 源助(1965年3月〜1967年11月) 安斎 セキ(1965年3月〜1993年3月) 川上 良明(1993年4月〜2023年3月) 川上 まさ子(1993年4月〜2022年3月) 本田 結基(2022年4月〜 ) 本田 基枝[旧姓:川上](2008年4月〜2015年5月/2022年4月〜 ) |
| 備考 |
教会の沿革
CHURCH HISTORY
1949年7月に、米国宣教師E・カーロー師が来日され、伝道の地を仙台に定められたことから始まる。最初は信徒の家庭等で集会を行っていたが、1950年10月に現在の土地250坪を購入し、最初の会堂が建てられ、「仙台神召基督教会」として本格的な伝道が開始された。
1952年9月には故エレン北野淳子師が開拓期を奉仕され、多くの魂を導いた。
1954年9月には故堀川喜雄太師が伝道を引き継がれて翌年11月に新しい会堂が献堂され、最初の会堂は宣教師館として用いられていった。また、このころには聖霊待望会が毎週もたれ、多くの信徒が聖霊のバプテスマを受けていった。
1957年5月からは山脇久治師が着任され、伝道活動が広範囲にわたって展開された。特に1960年5月に起こったチリ地震津波による大災害を被った三陸志津川への救援活動とともに、伝道活動により数十名の群が起こされた。また、この頃には戦後の一時的なキリスト教ブームが過ぎ去ると共に、社会の経済的インフレが進み、教会もまた苦しい時期を通らされた。
1965年3月には故安斎源助師が伝道を引き継がれたが、66年11月に礼拝説教中、講壇で倒れられ天に凱旋された。その後、夫・源助師の意志を継いで、故安斎セキ師が28年に渡る伝道牧会に従事され、教会を守ってこられた。
1993年4月、セキ師の勇退に伴い、川上良明師・まさ子師が着任された。その年、川崎町にて一人の癒しの奇跡体験をきっかけに30名ほどの人々が信仰決心をし、集団洗礼式が行われ、伝道所が起こされた。1996年には旧会堂の老朽化のため現在の会堂の建築が行われ、同年12月に献堂された。現在の会堂は「仙台グレースチャペル」と呼称されている。また2008年4月には川上師の次女・基枝師が神学校卒業後、伝道師として着任し親子で伝道の働きが前進していった。2011年3月に起こった東日本大震災により被災し、その復興支援のために名取、岩沼方面へ賛美フラチームを結成し慰問や伝道集会を行い、洗礼者が起こされた。
その後、基枝師は結婚し仙台の地を離れたが、2022年4月、本田結基師・基枝師が着任。2020年から始まったコロナ禍により、教会の様々な働きがストップするが、神様の憐れみと恵みにより信徒たちの信仰は守られていった。2022年3月にまさ子師が、2023年3月に川上師が51年に渡る伝道・牧会に幕を下ろし、現在はさらなる福音宣教のために地域への働きかけを行っている。
また、同年4月に主管牧師が本田師に代わり、新しく「神の恵みと聖霊の力によって神の言葉にたち、地域にでていき、SENDAI(千代/仙台)に至る恵みを継承し、神の国を解き放つ教会」というビジョンを掲げ、教会の名前の通り「恵みが溢れる教会」を目指し、仙台のリバイバルを求めて歩み出している。
地図と写真
MAP & PHOTOS

