A-12 北見神愛キリスト教会

北見神愛キリスト教会

通称:リバーサイドチャペル

教会の教師

CHURCH STAFF

牧 師  日吉 成人
伝道師  日吉 洋子
日吉 成人
日吉 洋子

教会の概要

CHURCH PROFILE

所在地北海道北見市川東39-29(1995年3月〜2000年7月)
北海道北見市とん田西町297-2
伝道開始1995年3⽉
献堂履歴2000年7月
歴代担任教師宮手 民子 (1995年3月~2007年10月)
北澤 成弘 (2008年3月~2009年3月)
日吉 成人 (2009年4月~ )
日吉 洋子 (2009年4月~ )
備考                                               

教会の沿革

CHURCH HISTORY

「北見にアッセンブリーの教会を」  

 1993年に名寄聖書キリスト教会の教会員である一組の家族が北見に転勤となったこと、また同教会員である一組の親子もご主人の転勤で北見に住むことになったことが、教会の前史と言えるだろう。「北見にアッセンブリーの教会を」との祈りがつまれ、翌1994年には、月に一度、教区の牧師らによる伝道集会が市民会館で開かれるようになる。


力強い宣教の中で
 このように教区の牧師や諸教会の協力と祈りにより、また「アッセンブリー1999」計画に伴い、教団・教区協力型による開拓伝道として、1995年3月に神学校を卒業した宮手民子師が派遣され、伝道所としての働きが開始される。川東にある一軒家・平屋の集会所は、伝道師が派遣される前に探し出され借りられたもので、名寄教会の牧師と信徒により改装され、集会の準備が整えられた。

 力強く宣教がなされていく中で、2000年に現在のとん田西町にある元下宿屋の物件を購入し、伝道所から教会へと成長していく。教会員により大規模なリフォームが行われ、7月、喜びの中で献堂式が行われた。


大きな揺さぶりを受け
 しかしその後、聖書にある終わりの時代の預言のごとく、キリストの教会は大きな揺さぶりを受け、分裂やつまずきを余儀なくされ、2007年の秋には信徒一人を残すのみとなった。この痛みの中、教区の牧師らが遠路、ただ一人のために交代で礼拝奉仕の任を担われた。神学生の冬季派遣もなされ、キリストの御体という恵みを体験するのと同時に、教会は他の誰でもない「キリストの教会」という認識を新たにした。


吸収材のように
 2008年4月、神学校を卒業したばかりの北澤成弘師が赴任された。有るはずのものも無くなったガランとした礼拝堂で信徒と2人の礼拝、夏は35度を超える猛暑、関東出身で初めての雪国、マイナス20度を下回る厳しい気候の中、北澤師は卒業したてのリフレッシュさと持ち前のマイペースで、トラクトを配布しては壁に掲げた北見市全戸の地図を塗りつぶし続けられた。結婚のために1年で北見を離れることとなったが、大きな痛みの直後の北澤師が着任された1年は、揺れや衝撃を和らげる吸収材のような役目を果たされた。また開拓当初から関わられた藤田克裕師が、主管者として大きく構えていてくださったことも励ましであった。


「かつで」ではなく「再び」
 2009年4月、日吉成人師、洋子師が大阪より転任される。まさに荒れ果てたイスラエルの城壁を再建するかのように、教団、教区、諸教会の援助と祈りを得ながら、「かつて」ではなく「再び」という主の栄光が現されることを願い(ハガイ2:9)、御言葉を握り、告白しつつ再開拓を始めた。

 「1人しかいない」のではなく主イエスが大切にした「1人がいる」ことの恵みを覚えつつ、3人で始まった礼拝が少しずつ賑やかになってきて、受洗者や受霊者が起こされるようになった。聖書を土台とした健全なペンテコステ信仰に立った礼拝や祈祷会を目指し、ゴスペル、三浦綾子読書会(3箇所)、English Gospel Worship(地域に住むフィリピン出身の方々)、またオホーツク地方の諸教会と宣教協力を行うなど、地域に根差した宣教を目指している。

地図と写真

MAP & PHOTOS